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Saturday, May 30, 2009

May29,09 FLA 1 @ NYM 2

Santos carries Mets
メッツの故障者ラッシュがもたらした可能性

10年一昔

先日のヤンキースタジアムに続いてシティフィールドに行ってきた。実は初めてメジャーの試合を見たのがメッツ戦。当時のメッツといえばピアッツアをあげる人も多いと思うが、個人的には恐ろしく守備の上手かったオルドニエスの印象が強い。


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「2009年に新スタジアムをオープンし、必勝態勢でワールドシリーズ制覇を目指しているのはヤンキースだけではない。ニューヨークのもう1つの雄、メッツも今春にシティフィールドを新たに開場。快適さではヤンキースタジアム以上で、無残にもプレーオフ進出を逃した過去2年の雪辱を誓っている」

野球も今や快適さを求められる時代。場外馬券所がWinsに変わったように、殺伐とした風景は流行らない。シティフィールド内のシーザースクラブ(*1)がまさにそうで、ホテルのラウンジを思い浮かべたのは自分だけではないだろう。(*1)利用するには特別なチケットが必要

Harrah's Joins Mets as Signature Partner at Citi Field

その一方で、年俸の高騰による財政難は深刻な問題。野球場にラウンジが必要だとは思わないが、収入を確保する(スポンサー契約)という意味においては仕方がないのかも知れない。クイーンズ市民のチームのせいかヤンキースタジアムと比べると全体的に安価だった。追記;当該記事を見つけたので以下に追加しておく。

新ヤンキースタジアム、高収益のカラクリ

「黄昏(たそがれ)期のベテランと未知数の若手たちが明日なき戦いを続けているなら、怠慢ゲームを見せられる心配はない。それどころか無名集団のハッスルによって、長く欠けていたケミストリーが生まれ始めているように思えるのだ」

試合はメッツのサヨナラ勝ち。メジャー2年目のサントスが全打点を叩き出し、決勝のホームを踏んだのはタイガースを解雇されたシェフィールド。こじ付け的なケミストリーは気になるが、実際記事通りの内容だった。写真は以下を参照。

MLB Mets 2, Marlins 1 - a set on Flickr
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Video:
Recap: FLA 1, NYM 2 F/11
Santos' walk-off single
Pelfrey's stellar start

Citi Field 360° Panoramic Views

関連記事:May5,09 vs BOS L3-7

Wednesday, May 06, 2009

May5,09 vs BOS L3-7

Joba just short
ヤンキース vs. レッドソックス [2009年5月6日]

負けては増える含み損

今季のヤンキースはフラストレーションの溜まる試合が多い。ブルペンの崩壊は言うに及ばず、あと1本が出ない(*1)打撃陣。序盤のリードはあってないようなもので、逆にリードを許せば寸前のところで逃げ切られる。(*1)得点圏打率はリーグ12位の.249


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実は今回ヤンキースタジアムに行ってきたのだが、あまりにも不甲斐ないので途中で帰ってきてしまった。そういうわけで試合の感想はなし。新しくなったヤンキースタジアムもあれだけ高いとありがたみがない。

Twitter / KMFIS: 散々な気分で帰宅。ちょっとだけ楽しみだったバーニーの ...

もらったチケットとはいえ、まともに買えばビールとスナックで100ドル前後。いつまでも庶民の娯楽というつもりはないが、日常的なものとしてはやはり高すぎると思う。その他の写真は以下にアップしてある。

MLB Yankees 3, Redsox 7 - a set on Flickr
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Video:
Recap: BOS 7, NYY 3
Joba fans a dozen
Damon's three-run shot

関連記事:
MLB All-Star Sunday

Wednesday, April 22, 2009

Amish Country

誇るべきものを持たない、誇らしき人たち

ダーウィンの進化論が事実なら、太古の人はただ生きるために生きた。妬みや虚栄心は潜在的に存在していたにしても、現代人のような野心は持ちようがない。その一方で狼に育てられた子供が人間と程遠い姿になるのはよく聞く話。つまり個体としては変わっていないのに、それを包み込む容器(環境)が中身まで変えてしまったことになる。


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先日ランカスターという街に行ってきたのだが、実はここにそんな容器と逆行して生きる人たちがいる。彼らの名はアーミッシュ。アメリカやカナダにコミュニティーを持ち、電気すら使わず自給自足の生活を送っている。映画(*1)でも取り上げられているので、知っている人も多いかと思う。(*1)刑事ジョン・ブック、ヴィレッジなど

マンハッタン, ニューヨーク, アメリカ合衆国 から Lancaster, PA, アメリカ合衆国 - Google マップ

広大な土地に点在する家屋。それぞれに立派なサイロがあり、起伏のある細い道を馬車(Buggy)が行き交う。規則正しく並んだ電柱はどこか頼りない。一見するとどこにでもある風景だが、日常生活では得られない独特の浮遊感があった。

「彼らは従順、謙虚、質素という徳を重んじますが、それはクリスチャンはキリストの人格の模範にならうべきという思想を持っているからです。穏やかで控えめな人柄がよいとされ、忍耐、待つこと、他人に折れて従うことが成熟した人格のしるしです」

「現代人が個人の権利を求め、競争に勝つこと、自己の望みを果たすこと、すなわち個を見出すことに熱心なのに対し、アーミッシュは自己を棄て去り共同体のために生きようとします」

彼らがこんな生活をするのは、はるか昔に確立された人としてのありかたが根底にある。現代にマッチするかは別としても、これに嫌悪感を抱く人は少ないはず。本来そうあるべきとは言わないが、立派な思想なのは間違いない。

「ただしこれらの宗教上の制限は、成人になるまでは猶予される。成人になる際、アーミッシュであり続けることを拒否することもできるが、ほとんどのアーミッシュの新成人はそのままアーミッシュであり続けることを選択するといわれる」

「このような厳しいきまりにも関わらず、アーミッシュの共同体は栄えています。彼らは積極的に外部の人に伝道したり改宗させたりはしませんが、(中略)80%が同じ共同体にとどまるといいます」

さらに重要なのは、それが強制されたものではないこと。多少の誇張や必然性の問題は残るが、実践している人が少なからずいるのは事実。アーミッシュに惹かれた理由もまさにここで、外界を知ってのこと(*2)だけに興味深い。(*2)新聞などの印刷物を読むことは許されている

人間にとって生きる意味は永遠の命題。答を求めること自体不毛ともいえるが、個々に限ればそのほとんどは快楽主義の延長線上にある。殺すより殺されることを選び、自己犠牲とは別の領域に位置する和の精神。いつか自分もそんな風になれるだろうか。帰り際に見えた窓辺のキャンドルが忘れられない。

Amish Country - a set on Flickr
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Playlist Updated:
SundaysのWild HorsesとIndia.ArieのGhetto. どちらも今の心境に相応しい。

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関連記事:The Human Express

参考サイト:
アーミッシュ - Pumpkin of Ivied Gables
アーミッシュ - Wikipedia

Lancaster, PA Welcome Center
The Amish Village

Thursday, March 26, 2009

Stare Miasto Tour: Wieliczka

ヨーロッパ旧市街ツアー: ヴィエリチカ(ソルトマイン)

アウシュビッツの強制収容所を見たその足で、ヴィエリチカに行ってきた。お目当ては世界有数の岩塩坑ソルトマイン。廃坑になっていないものとしては最古とのことで、創業は1044年というから気が遠くなる。今もなお食塩の生産をしているらしい。


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まずは地下65メートルまで階段(*1)で下る。歩きつかれた後ということもあり、下りのわりには堪えた。実際これが理由で断念するケースもあるようなので、年配の人などを連れて行く場合は注意した方がいいだろう。(*1)帰りはエレベーター

階段を下りきると、今度は狭い坑道を歩いていく。世の中には想像を超えた建物がいくつもあるが、ここもその1つ。さながら地下要塞といった雰囲気で、いったいどれだけの労働力と時間が必要なのか検討もつかない。しかも銅像からシャンデリアに至るまで、ほとんどが岩塩で出来ているという。人類の力は本当に恐ろしい。

Kopalnia Soli Wieliczka Trasa Turystyczna

最大の見どころは、地下100メートルの深さにある聖キンガ礼拝堂。ヒマラヤ山中のシャングリラといったらオーバーかも知れないが、別世界という意味ではそう遠くもない。それまでは退屈でも、これを見れば大半の人が満足すると思う。リンクはここで行われた結婚式の様子。

AUSCHWITZ BIRKENAU + Wieliczka SALTMINE
2 regular tours in 1 day / 240PLN、約7000円

他にも見どころはあるが、言葉で説明するより写真(下記リンク/Flickr)を見てもらった方が分かりやすい。アウシュビッツほどではないにしろ、おまけとしては悪くなかった。時間を有効に使いたい人には、同時にまわれるツアーがお勧め。(続く)

Stare Miasto Tour: Wieliczka - a set on Flickr
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Wieliczka Salt Mine Official Website
ヴィエリチカ岩塩坑 - Wikipedia

Stare Miasto Tour: Paris

Thursday, February 12, 2009

Stare Miasto Tour: Auschwitz

ヨーロッパ旧市街ツアー: アウシュビッツ(オシフィエンチム)

褒めはしないが批判は得意、楽しい曲より悲しい曲。気づけばこんな人間になっていた。自分では前向きのつもりでも、取り巻く符号は全て逆。自然と負の事柄に目が向いてしまう。そういうわけで、ここにはどうしても来たかった。自己欺瞞(ぎまん)的な側面はあるものの、それより見ておかなくてはという義務感が先に立つ。


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強制収容所はクラクフ近郊のオシフィエンチムという街にある。アウシュビッツはそのドイツ語名で、施設の正式名称は国立オシフィエンチム博物館。この日はマイナス10度と寒かったが、それでもかなりの人が来ていた。笑い声が聞こえることもなく、まるで巡礼者のように黙々と歩く。そんな姿を当時と重ねていた。

第1収容所のアウシュビッツ(*1)には、主に収容者の遺品が展示されている。山のように積まれた髪の毛やメガネ。壁には何枚もの写真が飾られ、否が応にも雰囲気が伝わってくる。中でも印象的だったのが、無条件に殺されたとされる身障者の義肢。見なければと思いつつも、写真を撮るのが精一杯だった。(*1)屋内での撮影は禁止

収容の際に撮影された被収容者たち

もう1つ気になったのは、入所時の写真。映画などに出てくる受刑者とは違って、斜めから撮った3枚目が付け加えられている。しかもその全てに帽子を被せるという周到さ。管理番号の刺青やバッジにしてもそうだが、理性に基づいた合理主義が逆に恐ろしい。

虐殺の舞台となったガス室(*2)はビルケナウ(第2収容所)にあり、敷地もアウシュビッツに比べると圧倒的に広い。有刺鉄線の向こうには煙突だけが残った建物。収容施設では3段ベッドなど当時の生活を垣間見ることができるが、何より東京ドーム37個分といわれる広さに悲劇を感じざるを得ない。(*2)最初のガス室はアウシュビッツにある

アウシュビッツはあくまで象徴。強制収容所(*3)はここだけではないし、20世紀最大の虐殺者といわれるスターリンの存在もある。ほとんどの展示物がガラスケースの中だったこともあって、思ったほど感情移入ができなかった。ただそれでも、行ってよかったと思う。少なくとも義務感からは解放された気がする。(*3)日本では大村収容所が有名

人間が動物と違うのは、自分自身を客観視できること。過去を振り返り、間違いを正せることにある。それこそが進化であり、そうでなければ未来はないに等しい。ヨーロッパのように強要する(後述)のは問題かも知れないが、オバマへの賛辞などはそれが具現化した例と言える。

マルコポーロ事件 - Wikipedia
アウシュヴィッツの嘘

世の中にはアウシュビッツの大虐殺(ホロコースト)がなかったと主張する人がいる。以前書いた従軍慰安婦の構図と同じで、はっきり言ってレベルが低い。実はドイツやポーランドを含む13カ国にこれを罰する法律があるのだが、彼らの主張が正しいなら考えられる理由は2つしかない。

1. 13カ国はバカの集まり
2. ホロコーストの存在は共通の利益

被害者としての恩恵を受けたいポーランド、全てをナチスに押し付けて再生を強調したいドイツ。前者は分からなくもないが、後者のドイツはあまりにもリスクが大きすぎる。そもそも他の11カ国は説明がつかないわけで、そこに共通の利益があるとも考えにくい。以下は宅八郎の見解。少し長いが、転載して終わりにする。

「事件について整理しておく。まず、歴史好きの医者が書いたナチ収容所でのユダヤ人虐殺はなかった。なぜなら証拠がないという記事にはかなりズサンな印象を持っていた。証拠がないから歴史にないというのは乱暴だからだ」

「ただしボクは、人間、あらゆる見解を持つことは自由だと考えている。だから断定でなく、それまでの定説に疑義をていする範囲であれば、問題は少なかっただろうと思う。(表現の自由の範囲外として、ホロコースト否定を唱えた者を罰するドイツの法には疑問があるが、少なくともナチス問題の当事者国の民意としては一定認識は必要だろう)」

「それを断定的に公表するには、明証責任が発生する。つまり、記事にガス室は歴史上なかったという証拠を提出しなきゃならなくなる。(中略)事件は今後の出版方針にどう変化を与えるでしょうか?なんて聞いてどうするんだ。(笑い)」 (週刊SPA!1995年2月22日号、「週刊宅八郎」第8回)

この写真はビルケナウの収容施設にあるトイレ。真上から撮ったもので、実際にはこれが10メートルほど続く。今回も上手く撮れなかったが、その他の写真は以下にアップしてある。(続く)

Stare Miasto Tour: Auschwitz - a set on Flickr
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Playlist Updated:
Big StarのHolocaust. やはりこういう曲が好きらしい。

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Auschwitz-Birkenau Memorial and Museum
アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所 - Wikipedia

Stare Miasto Tour: Paris

Saturday, January 17, 2009

Stare Miasto Tour: Warsaw

ヨーロッパ旧市街ツアー: ワルシャワ

ヨーロッパにはシェンゲン協定というものがある。出入国を簡略化するシステムで、加盟国同士なら2度目以降の入国審査は免除される。お陰であっさり入国できたのだが、ゲートすらなかったのには面食らってしまった。フランスの入国審査もあってないようなものだったし、余計な心配もしたくなる。


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両替を済ませ、タクシー乗り場へ。曇った窓から見える初めてのポーランド。街の明かりとイルミネーションが余計にまぶしい。(クリスマス当日なので)さすがに静かだったが、暗いというよりストイックな印象。ボッタクリと評判のタクシーも特に問題なかった。

ホテル レ レジーナ - TripAdvisor
Hotel MaMaison Le Regina Warsaw

今回泊まった中で、最もよかったのがこのホテル。レビューにもあるように、とにかく悪いところが見当たらない。こんなことを書くとまるでアフィリエイトのようだが、ほとんどの人が満足できると思う。旧市街に位置するロケーションもポイント。

ワルシャワ歴史地区 - Wikipedia

ワルシャワには当時の街並み(旧市街)が今も残っている。とはいっても、これらは戦後市民の手によって復元されたもの。壁のひび1本までの言葉が示す通り、確かによく出来ていた。ただ考えてみると、普通こんなことはやらない。新しく作るならまだしも、元に戻すのは簡単ではないからだ。いったい何が彼らをそうさせたのか。

[all cinemas go forward to freedom!] 地下水道(1956年 ポーランド)

「私が何故この2本の映画(地下水道、灰とダイヤモンド)を作り、何故これらの作品が私の最初の映画でなければならなかったのか……という質問を、私自身にも発しているのですよ。(中略)私はワルシャワ蜂起に参加しませんでした。戦後、私はクラクフの美術学校に入学しましたが、そこでの人々は、戦争体験はなく、美術に熱中していました」

「一方で、私と同じ世代のある人々は、戦争という状況を生き、戦争という悪を見、恐怖の中で苦しみました。私は何も体験していません。そこで私は、何とかして償いをしようと決心しました。私は、私のかたわらを通り過ぎて行った戦争という歴史的事件の体験を、他の人々と共有出来ないことで深く恥じ入っていたのです」

自らを恥じ、追体験という形で空白を埋めようとしたアンジェイ・ワイダ。ナチスに街の大部分を焼き払われ、それを放って置けなかったワルシャワ市民。ポーランド人には不屈の精神があるといわれるが、彼らもまた空白を埋めたかったのかも知れない。

「Pamiętamy(思い出す)」

不屈の精神といえば、ホテルの近くでこんなグラフィティーを見つけた。場所は教会の裏。書かれている数字(63)と意味からして、第2次大戦中のポーランドを指しているのは間違いない。その一方で、今度はこんな落書き。ポーランドに限ったことではないとはいえ、身につまされる。

ワルシャワの空は白い。おまけに日照時間も極端に短く、いつも以上に満足のいく写真が撮れなかった。前回同様以下にアップしてあるので、よかったらどうぞ。それにしても寒かった。(続く)

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ワルシャワ - Wikipedia

Stare Miasto Tour: Paris

Thursday, January 08, 2009

Stare Miasto Tour: Paris

ヨーロッパ旧市街ツアー: パリ

今回旅行を計画するにあたり、最初に候補になったのは南の島。ニューヨークからだとカリブかメキシコ辺りが一般的だが、シーズンということでそれなりに高い。群れるのも好きではないし、それ以前にリゾートという柄なのかという問題もある。


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旅行に行くこと自体は決まっていたので、ここを外してからは手当たり次第。モスクワに始まり、トルコのカッパドキア。挙句の果てにはグリーンランドで流氷を見たいと言い出す始末。旧共産圏の魅力に惹かれて、結局はポーランドに落ち着いた。

首都のワルシャワまではパリ経由。エールフランスが一番安かったこともあるが、(11時間の)トランジットを利用して観光できるのが魅力的だった。パリには行ったことがなく、着くのはクリスマス当日。前述の話とは矛盾するものの、イメージは悪くない。よく考えれば最悪のタイミングなのだが、この時はそれに気づいていなかった。

クリスマスはクリスマスでも、イブと当日では大違い。ほとんどの店は休みで、営業しているのは観光客相手のレストランぐらい。もちろん活気などあるはずがない。早朝ということもあって、思い描いたイメージが崩れていく。凱旋門からシャンゼリゼを下り、お決まりのエッフェル塔へ。寒空の中、ひたすら歩き続けて1日が終わった。

面白かったのは、立ち寄ったラデュレというレストランに日本人が多かったこと。自分もその1人なのだが、街ではほとんど見かけなかっただけに可笑しい。メディアの影響力というか、日本人パワー健在といったところだろう。コーヒーは冷めていたが、クラブサンドは美味しかった。

そういうわけで、パリには表参道を歩いたような印象しか残っていない。地元の人からすれば否定されそうだが、少なくともその空気に魅力は感じなかった。予想外に大きかった凱旋門が、収穫といえば収穫。例によって写真は以下にアップしてある。(続く)

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関連記事:Happy Holidays

パリ - Wikipedia

Thursday, September 04, 2008

Labor Day Weekend

夏の終わり、ケープメイ

祝日のレイバーデー(*1)を利用して、ちょっとした旅行に行ってきた。泊まったのはアトランティックシティーのカジノホテル。今回はいつものようにあくせくするのは止めて、プールやアウトレットなどでのんびり過ごす予定でいた。(*1)9月の第1月曜日


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何となくガイドブックを眺めていると、(ニュージャージー)最南端という文字が目に留まる。街全体が国の史跡に指定されているらしく、のんびり過ごすには悪くない。アトランティックシティーからは車で1時間。ものの5分でメインディッシュが出来上がった。

英国情緒漂う海辺のリゾート ケープ・メイヘ

当日は迷うことなく到着。確かに雰囲気がある。ビクトリア様式の建物と馬車、ビーチから吹き込む海風が心地いい。街が小さいせいか、すぐに馴染めるのもポイント。今回は日帰りだったが、海辺のB&Bに泊まると最高かも知れない。

インフォメーションセンター(Welcome Center)で教わった店でランチを取り、すぐ近くのビーチへ。レイバーデーの週末は1年のうちで最も混むとのことだが、実際はそれほどでもなかった。跡がつくほど日焼けをしたのは何年ぶりだろう。

Cape May Light House→Sunset Beach→The Lobster House

その後はこんなコース。コンクリートシップ(S.S. Atlantus)が沈むサンセットビーチはかなりよかった。時間の関係で日没までいられなかったが、それでも十分美しい。評判のロブスターハウス(レストラン)はやや期待外れ。季節的な問題もあるのだろうが、並んでまで食べる価値はないと思う。以下はコンクリートシップの説明。

Concrete Ships: The World War I Emergency Fleet

「During the first World War, steel was becoming scarce. President Woodrow Wilson approved the construction of 24 concrete ships. Of the 24, only 12 were built, at a total cost of $50 million. By the time the ships were completed, the war had already ended」

「鉄不足の進む第1次大戦中、当時の大統領ウッドロウ・ウィルソンは24隻のコンクリート船作りに着手。そのうち完成したのは12隻で、総工費は5000万ドル。船の完成(24隻)を待たずして戦争は終わる」

Concrete Ships: S.S. Atlantus

「She was built by the Liberty Ship Building Company in Brunswick, Georgia and launched on December 5, 1918 and was the second concrete ship constructed in the World War I Emergency Fleet」

「この船が進水したのは1918年の12月。第1次大戦中に作られたコンクリート船(艦隊)としては2番目に古い」

「The war had ended a month earlier, but the Atlantus was used to transport American troops back home from Europe and also to transport coal in New England. In 1920, the ship was retired to a salvage yard in Virginia」

「完成の1ヶ月前には終戦していたものの、その後は帰還兵の輸送や石炭の運搬船として使われた。1920年バージニアでその役目を終える」

「In 1926, the Atlantus was purchased to be used as ferry dock in Cape May. On June 8th, a storm hit and the ship ran aground 150 feet off the coast of Sunset Beach.Since then the Atlantus has become a tourist attraction seen by millions」

「1926年フェリードックとして再利用されるが、その年襲った嵐の影響でサンセットビーチに座礁。以来多くの人に観光名所として親しまれるようになる」

行きがかり上長々と書いたが、今回の旅行で印象に残ったのはコンクリートシップではなくインフォメーションセンターの職員。レストランやビューポイントはもちろん、路上駐車できる場所まで親切に教えてくれた。仕事と言ってしまえばそれまでだが、人の温かさに触れた夏の終わりだった。

例によって写真は以下にアップしてある。

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Cape May City official website

Wednesday, August 27, 2008

Four Night Four City: Chicago-2

トラブルと後悔の5日間: シカゴ編(その2)

シカゴは中部時間、東部と比べて1時間遅い。忘れていること自体単なるバカなのだが、こうなると急に余裕が出てくる。羞恥心などどこ吹く風で、何もかもが楽しい。名物のシカゴドッグにビール。すっかりカブスファンの気分だった。


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リグリーフィールドはフェンウェイパークに次いで歴史のある球場。外野フェンスを覆うツタはあまりにも有名だが、ハイテクとは無縁のスコアボードには味わい深いものがあった。屋根の影が作る内野席のコントラストも美しい。

場内は超満員。プレーオフ進出が濃厚とはいえ、ワールドシリーズから60年以上遠ざかっている(*1)チームとは思えない。ファンのレベルも高く、熱狂的でありながらどこか上品。ある意味では理想的なチームだと思う。(*1)最後に出場したのは1945年、優勝は1908年

シカゴに福留フィーバー、熱狂の理由は?

この記事もあながち嘘ではなかった。写真(ページ下のリンク)を見てもらえれば分かるように、とにかく福留のTシャツが目に付く。ただし厳密にはフィーバーではなくブーム。以前テクノミュージックの影響でカタカナのタイポグラフィーが氾濫したことがあったが、状況的にはそれに近い。

Fukudome→フクドメ Cubs→仔熊 Great Taste→大きい好み

試合の方はジョンソンとソリアーノの2者連続HRなどでカブスの勝利。ファンでもないのになぜか嬉しかった。その後はNavy Pierに直行。Architecture Cruisesというツアーに参加するためで、チケットは事前に予約しておいた。

Shoreline Sightseeing Cruises from Navy Pier

シカゴには帝国ホテルを設計したライトやミースの作品が数多くある。このツアーはボートに乗ってそれらを鑑賞するもの。かなり安易に決めた企画だったが、これがよかった。値段も手ごろ(*2)で、シカゴ川を下るだけでも価値はある。他にもいろんなツアーが用意されているので、建築に興味がない人にもお勧め。(*2)25ドル、1時間半

「終わりよければ全てよし」

この日の予定はこれで終了。出だしは散々でも、悪くない1日だった。ここで終わればそうも思えたが、この後にあったことを考えるとそうもいかない。やはり現実は厳しい。(続く)

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リグレー・フィールド - Wikipedia

Four Night Four City: Chicago-1
Four Night Four City: Windsor

Saturday, August 09, 2008

Four Night Four City: Windsor

トラブルと後悔の5日間: ウインザー編

Total Rewardsの特典(*1)を知ってからというもの、年に2回ぐらいのペースで旅行するようになった。旅行自体は特に好きではないが、グレードの高い部屋に何泊もできるのは魅力的。時折思い出しては、計画を立てている。(*1)Complimentary:カジノホテルの無料招待


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今回行ってきたのは、デトロイトの対岸に位置するウインザーという街。地図を見てもらえば分かるように、カナダでありながらアメリカより南側にある。ニューヨークからは飛行機で1時間ほど。直行便は高かったので、デトロイトからレンタカーで行くことにした。

Map of Windsor, Ontario, Canada - World Atlas - MSN Encarta

アメリカからカナダへの入国は過去に経験がある。同じようにバッファローまで飛行機で行き、そこからタクシーでナイアガラへ。特に困った記憶はない。ところが今回は必要以上にいろいろと聴かれた。どうやらミシガン(デトロイト)ナンバーが問題らしい。

デトロイト市民がカジノに来るのは普通でも、ミシガンナンバーに乗ったニューヨーク市民が入国するのは稀なこと。空港で車を借りたのだから当然だが、向こうも仕事なので仕方がない。予定では出入国があと3回。今から先が思いやられる。

飛行機が遅れたこともあって、ホテルに着いたのは夜10時過ぎ。リクエストしておいたスモーキングルームは取れなかったが、ラスベガス同様かなりいい部屋だった。朝方までカジノで遊んでこの日は終了。

翌日は遅めの昼食を取った後、近所を散歩。予想通り何もない。結局は写真を撮って1日が終わってしまった。目的は別にあるとはいえ、もう少し調べておくべきだった。アリゾナの時も同じことを書いたが、反省と後悔は根本的に違うようだ。(続く)

写真はホテル近くのイベント会場(Windsor Central RiverFront)で撮ったもの。向こう側に見えるのはデトロイト。その他の写真は以下にアップしてある。次回は野球とホットドック、ハウスミュージックで有名な街。

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ウィンザー (オンタリオ州) - Wikipedia

Friday, July 25, 2008

Phoenix Round-About: Day 4-2

アリゾナ旅行: 最終日(その2)

ニューヨークを出ると、真っ先に考えるのがタバコの値段。詳しくは別の機会に書くが、タバコ税の高騰は圧制と呼ぶに相応しい。そういうわけで、帰る前にまとめて買っていくことにした。まがい物を掴まされないように、場所はレストランで聞いてある。


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教わった通りに行ってみたが、それらしい店は見つからなかった。人に聞いてもラチがあかず、タバコのために飛行機に乗り遅れるのもバカバカしい。半ば諦めかけたところで、新聞を売っている2人組に遭遇。そのうちの1人が場所を知っているという。調子がよすぎるのは気になったが、騙されたつもりで案内してもらった。

世間話をしながら5分ほど歩き、目的の場所に到着。お礼のチップを渡そうとすると、その新聞売りが近くにいた警官に呼び止められた。騙されたわけではないので事情を説明したが、頷くだけで受け付けてくれない。それどころか、すでに手錠がかけられている。どうやら今回の件とは関係なく逮捕されたらしい。

いずれは捕まるにしても、案内させなければこんなことは起こらない。犯罪(容疑)者相手に罪悪感というのもヘンな話だが、とにかくそんな気持ちだった。面白いのは、時間が経つにつれチップを払わなくて得したと思えてきたこと。これだから聖人にはなれない。

肝心のタバコは1カートン28ドル。あまりの安さについ言い値で買ってしまったが、今思えば吹っかけられたのかも知れない。帰り際にそこを通ると、例の新聞売りはまだ捕まっていた。念のためもう1度説明してみたが、同じように頷くだけ。後ろ髪を引かれる間もなく、車へと急いだ。

こんなことがあったから言うわけではないが、ノガレスの治安は悪い。身の危険を感じることはないものの、街全体が軽犯罪に包まれているような雰囲気がある。仮に来ることがあったら、徒歩での入国を強くお勧めする。幸い車は無事、フライトにも何とか間に合った。

初めてニューヨークに来たのは12年前。当時はまだ日本に住んでいたが、あの時のことは今でもよく覚えている。全てを受け入れる間口の広さ。飲み込まれることを恐れず、肌の色や国籍を超えてそこに生きる人たち。ちょっと街を歩いただけで、そんな雰囲気が伝わってきた。

アリゾナ州はネイティブアメリカンが多い(*1)ことで知られている。実際ホテルやレストランの従業員、宿泊客の中にそれらしい人を何人も見かけた。そんな背景からか、ここには共存する姿勢がある。(*1)カリフォルニア州に次いで2位

ニューヨークとは方向性が違うにしても、こういう空気は実に気持ちがいい。たった数日とはいえ、いろんな意味で来てよかったと思う。(終わり)

Playlist Updated:
帰りの飛行機で繰り返し聴いていた曲、City Of Dreams. 以前こんな記事を書いたことがあるが、やはりニューヨーク(*2)が好きらしい。(*2)同名のサントラに収録

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Phoenix Round-About: Day 1

Monday, July 14, 2008

MLB All-Star Sunday

2008 All-Star Game: Sunday | MLB.com: Events

昨日はヤンキースタジアムに行ってきた。と言ってもヤンキース戦ではなく、マイナーリーグのオールスター。特に興味もなかったが、事情が事情だけに仕方がない。友人のお陰で最悪の事態は免れたものの、それでも1人150ドル。もう少し出せば本物のオールスターに行けたと思うと、さらに気が滅入る。


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開始時間を過ぎても、何となく入る気になれない。天気だけはよかったので、写真を撮りながらスタジアムの周辺をウロウロしていた。するとビデオカメラを持った女性を発見。よく見ると、YESの番組に出演していた彼女だった。

自慢にもならないが、未だにサインというものをもらったことがない。有名人と一般人を区別すること自体理解できないし、もらったところで部屋に飾るのは美的に無理。大好きな松井であっても欲しいとは思わない。

ところがブログを書くようになってから、こういうものには反応するようになった。情けないと思いつつも、足は自然と彼女の方へ。話しかけようとするが、名前はおろか番組名すら思い出せない。唯一浮かんだのがこのフレーズ。

「I Say Hi, You Say Deki」

これが思いの外大ウケで、すぐさまハイタッチ。自分も松井ファンだと告げると、こんなポーズ(写真)までとってくれた。彼女の名前はシェリー。番組中と同じ気さくなキャラクターが印象的だった。詳しくはリンク先を参照。

スタジアムに入ってみると、予想通り空いていた。余ったチケットを業者に委託していたのだが、これでは売れるわけがない。本来なら60ドルするチケットが、最終的には10ドル前後で叩き売り。間抜けな人は、自分たちだけではなかったらしい。

「そこのパペルボン(のTシャツ)、座れ!」

試合はほとんど見ていなかったが、このヤジが最高だった。立つ度にヤジられるので、まるでしつこいコントでも見ている気分。その後にあったポール・オニールの大合唱といい、やはり野球はファンなくして語れない。

その他の写真は以下にアップしてある。

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Wednesday, July 09, 2008

Phoenix Round-About: Day 4-1

アリゾナ旅行: 最終日(その1)

いつのことを書いてるんだと言われそうだが、話の続きを。野球も見たし、ヴォルテックスにも行った。残るはメキシコ、国境の街ノガレス。元々は計画になかったのだが、目と鼻の先にある海外は捨てがたい。フライトがその日の夕方だったこともあって、最悪入国できれば満足。不法入国者ではないが、そんな心境だった。


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ノガレスまでは車で3時間ほど。通常はアメリカ側にある駐車場に車を止め、そこから徒歩で入国する。もちろん車でも入国はできるが、そうなると保険が効かないなどの不都合が生じる。駐車場の住所が分からなかったので、とりあえずインフォメーションセンターを目指すことにした。

インフォメーションセンターには昼過ぎに到着。教えてもらった住所をナビに入力し、駐車場に向かう。10分ほど走ると車線が狭くなり渋滞。先はよく見えなかったが、雲行きが怪しい。とはいえナビを頼りにする他はなく、引き返そうにもこの渋滞では不可能。そんな思いをよそに、車は進んでいく。

急に視界が開け、車が大きく揺れた。見渡せば皆一様にギャップ(*1)を通っている。アメリカ側の駐車場に行くつもりが、なぜか国境ゲートに来てしまったらしい。成す術がないとはまさにこのこと。押し出されるように、メキシコに入国した。(*1)スピードを落とさせるための段差

ゲートを越えただけで、何もかもが違う。目的もなくただ群がる人々。今ではすっかり見なくなった電線。カラフルでありながら、どこか陰のある建物。国が違うのだから当然だが、心の準備がなかったので余計にインパクトがあった。

予め調べてあったのは、レストランの住所だけ。駐車場の場所は見当もつかない。すぐ近くに1台分のスペースが空いていたが、駐車場には見えなかった。係員らしき人に尋ねてみたものの、案の定英語は通じない。路上駐車は避けたかったが、こうしているうちにもフライトの時間は近づいてくる。ダメ元でチップを渡し、祈るような気持ちで車を止めた。

目指すはLa Rocaというレストラン。ノガレスではかなり有名らしいが、誰に聞いても反応が鈍い。それもそのはず、客層はほぼ100%外国人。決して高くはないが、現地の人からすれば手が出ない金額。行きたくても行けない店を尋ねられて、気分がいいはずがない。料理は美味しかったが、こういう時は本当に困る。(続く)

Phoenix Round-About: Day 1

Thursday, May 08, 2008

Phoenix Round-About: Day 3

アリゾナ旅行: 3日目

誰に起こされることもなく、自然と朝の7時に目が覚めた。前日は野球見たさに貴重な1日を潰し、残るは1日半。特に意識はしていなかったが、旅行を無駄にしたくないという気持ちがそうさせたのだと思う。食事は後回しにして、早速出でかけることにした。


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この日の目的地はセドナ。レッドロックに代表される独特な景色が特徴で、アメリカで最も美しい観光地の1つとされている。また何百年もの間ネイティブアメリカンから崇拝されてきた歴史があり、パワースポットとしても人気が高い。日本でも話題になったことがあるようなので、知っている人も多いだろう。

宇宙は意識の集合体、そこには過去や未来が存在する。こんな風に考えているぐらいだから、当然スピリチュアルなものには興味がある。パワースポットと聞いて食指が動かないはずはないが、今回は別。砂漠にそびえるレッドロックにやられてしまった。旅行先をここに決めたのも、それが理由と言ってもいい。

セドナには昼過ぎに到着。インフォメーションセンターで地図を受け取り、予定通り4大ヴォルテックスを回ることにした。後で気づいたことだが、そもそもこれが間違い。というのも各ヴォルテックスは離れているため、全て回るとかなりの時間がかかる。現地に何泊かするなら別だが、そうでないとこれだけで1日が終わってしまう。

ヴォルテックス以外のビューポイントに行くなり、ジープツアーに参加するなどアクティビティーもたくさんある。貧乏旅行の宿命とはいえ、もう少しリサーチしておくべきだった。何より通過儀礼のような形になったことが、我ながら情けない。

そういうわけで、岩と木の写真ばかり撮って日が暮れた。他にやったことと言えば、ブランチを食べにテラカパキへ行ったことぐらい。魅了されていたはずのレッドロックも、あれだけ見るとさすがに飽きる。

それなりの写真(下記リンク)が撮れたので不満はないが、次回はもう少しまともな旅行にしてみたい。ちなみに前述の4大ヴォルテックス、結局は3つしか回れなかった。(続く)

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Phoenix Round-About: Day 1

関連サイト:アリゾナ州セドナ商工会議所観光局

Saturday, April 26, 2008

Phoenix Round-About: Day 2

アリゾナ旅行: 2日目

今回の旅行の目的は3つある。1つは前回書いた通り、ダイヤモンドバックスの試合を見ること。2つ目はヴォルテックスで有名なセドナに行くことで、最後はメキシコ。以前のラスベガスで懲りたので、カジノは始めから頭にない。


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すでに1つ目の目的を失い、前日は不覚にも寝てしまった。残された時間は、この日を入れて2日半。行きたいところは決めていたものの、特に予定は立てていない。早速朝食を食べながら考えることにした。

レストランにはワイファイが来てるというので、ノートパソコンを持参。電波がが弱くて苦労したが、得体の知れないネットワークに接続して一応は繋がった。まずアクセスしたのはダイヤモンドバックスのサイト。手が独りでに動き出したというとオーバーだが、雰囲気としてはそんな感じだった。

幸い滞在中は全てホームゲーム。開始時間は翌日が昼で、これだと1日が潰れてしまう。最終日はフライトと重なるため無理。時計を見るとすでに11時。どこへ行くにも遅すぎる。ちょっと視点を変えればやることはあるはずなのに、こうなると止まらない。セキュリティーの甘いネットワークもお構いなし。気づけばこの日のチケットを買っていた。

試合開始は夕方。目的地のチェイスフィールドまでは1時間とかからないので、出発するには早い。前述の身勝手モードは依然続行中。何の迷いもなく、封印したはずのカジノで時間を潰すことにした。とはいっても同じ轍は二度と踏みたくない。ラスベガスやアトランティックシティーと違って小規模ということもあり、高めの見学料程度で済んだ。

ナビのお陰で、ほとんど迷うことなくチェイスフィールドに到着。まず感じたのは清潔さ。出来てから間もない(*1)こともあるが、ヤンキースタジアムとは比べものにならないほどきれいだった。(*1)開場は98年

施設も立派でデザインも近代的。地方都市のせいか家族連れも多く、スタンドの雰囲気もいい。来年にはヤンキースタジアムもそうなるが、場外馬券場がWinsに変わったようにそれはそれで寂しい。

試合の方はダイヤモンドバックスが逆転勝ち。遠くからでよく分からなかったが、ショートのトンネルで勝負が決まったように見えた。試合後は次の日に備えて真っ直ぐホテルへ。軽い時差ぼけもあって、この日も食事を取らずに寝てしまった。(続く)

前回に引き続き、その他の写真は以下にアップしてある。

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Phoenix Round-About: Day 1

Thursday, April 24, 2008

Phoenix Round-About: Day 1

アリゾナ旅行: 初日

3泊4日でアリゾナへ行ってきた。ニューオリンズと多少迷ったが、雄大な景色に魅せられてこちらに決定。宿泊先は例によってカジノホテル。チケットもマイレージを利用したので、お金はほとんどかかっていない。


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目的地のフェニックスまでは、サンフランシスコ経由で10時間。フライトは朝の8時半だったが、国内線ということで7時に出ることにした。当日は夜中から準備していたものの、ダラダラしていたせいであっという間に7時。散らかし放題の部屋を後に、慌ててタクシーに飛び乗った。

時計を見ると、さらに20分が経っていた。どんなに空いていても、かなり際どい。レイ・チャールズ似の運転手に事情を話し、急いでもらうことを確約。後はただ、間に合うことを祈るだけだ。

自慢にもならないが、こういう経験は何度もある。最後の搭乗者だったことも少なくない。ただ乗り遅れたことはないので、今回もそれに賭けていた。自分の勝手な計算では、8時に着けばセーフ。飛ばしてくれたお陰で、案の定8時過ぎに到着。やっぱり何とかなった。感謝の意味で80ドル(通常は60ドル)払って、チェックインカウンターへ急ぐ。

この時間になるとさすがに並んでいる人はいない。チケットを見せると嫌な顔をされたが、何とかチェックインはできそう。安堵感に包まれながら荷物を差し出すと、次の瞬間状況は一変する。

「出発の45分前を過ぎたので荷物は預かれません」
「え?」
「この大きさでは手荷物の範囲も超えています」
「というと?」
「残念ながら飛行機には乗れません」

荷物を捨てるわけにもいかず、今回ばかりは万事休す。ついにやってしまった。余分に払った80ドルが頭をよぎるが、今はそれどころではない。この旅行自体がなくなろうとしているのだ。半ば諦めムードで食い下がると、係の女性がキーボードを叩き始める。どうやら他の便を探している様子。

待つこと20分。幸運にも替わりのチケットが取れた。いったんロスに行き、そこからサンフランシスコ経由でフェニックスというコース。予定より5時間遅れるが、空席がほとんどなかったことを考えれば大満足。かなり親切な人だったので、何かしらの便宜を計ってくれたのかも知れない。

さらに2時間待って、ロス行きの便に乗る。結局フェニックスに着いたのは、13時間後の午後9時。実はこの日チェイスフィールドで野球を見る予定だったのだが、携帯でチェックするとすでに終わっていた。試合開始は6時40分なのに、こんな時に限って早い。(*1)予め買っておいたチケットは、この時点で記念品になった。(*1)試合時間2:17

心身ともに疲れきり、シャトルバスでレンタカーセンターへ。ナビを借りて駐車場に行くと、何台もの車が並んでいる。予約したのはコンパクトカーだったが、車種は自由に選べるらしい。何となく日産のSentraを選んで、無事ホテルに到着。

カードキーをもらって部屋に行くと、なぜかドアが開かない。さらにガチャガチャやっていたら、中から人が出てきて間違いに気づく。部屋番号は合っているので、向こうのミス。フロントまでは距離があるため、近くにいたセキュリティーに頼むがラチがあかない。荷物を引きずりながらフロントまで戻り、ようやく部屋にたどり着いた。

時間は夜の10時半(時差-3)。自宅を出てから、実に18時間が経っている。食事する元気もなく、コーヒーすら喉を通らない。結局この日はこれで終了。仮眠を取るつもりが、そのまま朝まで寝てしまった。(続く)

写真は先日ちょっと触れた、トイカメラ(VQ1005)で撮ったもの。その他の写真は以下にアップしてあるので、興味があればどうぞ。普通のカメラとの識別は、タグを見れば分かるようになっている。

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Thursday, April 10, 2008

Burger At MSG

NBA.com: Knicks 109, Bobcats 107 Boxscore

アメリカの4大スポーツといえばフットボールと野球、バスケットにホッケー。こちらに住んでずいぶん経つが、実は野球以外観たことがない。一番の理由は興味が持てないこと。フットボールは子供の頃から好きだが、会場に出向くとなると気が重い。勝敗に至る過程が好きなので、ライブ感にあまり惹かれないというのもある。


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行ったことがない場所には行ってみたいし、食べたことがないものは食べてみたい。一生のうちで体験できることは限られているのに、人間の貪欲さは果てしない。アメリカに住んでいるのだから、一度ぐらいは観てみたい。そんな風に思っているところに、偶然ニックス戦のチケットが手に入った。

いわゆるクラブシートというやつで、額面は240ドル。早速ウェブサイトでチェックすると、前から10列目ぐらいだった。会場はマジソンスクエアガーデン、自宅からは歩いて5分と近い。渡りに船とまではいかないが、予定もなかったので行くことにした。

後で知ったことだが、ニックスは15チーム中14位。対戦相手のボブキャッツも13位で、どちらもすでにプレーオフ争いから脱落している。そのためか空席が目立ち、アトラクションも空しく盛り上がっていなかった。だからこそチケットが手に入ったのだろう。

それなりに観たつもりだが、やはり興味が持てなかった。得点ごとに攻守が変わるのはいいとして、難易度が低いので点差がつきにくい。素人目にはどうしてもミス合戦のように見えてしまう。プレー自体は確かに凄いが、ゲームとしては好きになれない。

特に不満はないものの、感覚的には体育館にハンバーガーを食べに行った気分。小さいカメラしか持っていけなかったので、ロクな写真が撮れなかったのが残念だった。一応以下にアップしてあるので、よかったらどうぞ。

NBA Knicks 109, Bobcats 107 - a set on Flickr
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Video:
Knicks 109, Bobcats 107 (F) (Sympatico / MSN Video)

Monday, February 25, 2008

The Art Battles

ブルーに燃えたカストロ
Danielle Mastrion Beat The Battle

先週の金曜日、The Art Battlesというイベントに行った。内容は今流行りのライブペインティング、合計3ラウンドの勝ち抜き戦で優勝者が決められる。元々はMTVの企画だったようで、この日はその時に優勝したConcepというアーティストも参加していた。

About Art Battles
Art Battles MTV
MySpace.com - concep


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参加者の1人であるダニエルは間接的な知り合い。審査員が観客ということもあり、是非応援して欲しいというのがこのイベントに行ったきっかけ。話によると前述のConcepが参加するとあって、少し緊張していたらしい。

芸術において偶然性は不可欠。もちろん一概には言えないが、個人的には最も惹かれる部分。準備期間はあるにしても、絵が完成していく様子を生で見られるというだけでワクワクする。会場では応援そっちのけで、一心不乱にファインダーを覗いていた。

「Yo, What's Up Man?」

写真を撮っていると、見知らぬ男が近づいてきた。そして拳を突き出しこのセリフ。反射的に応えたものの、何のとこだかさっぱり分からない。話を聞いてみると、彼はある会社のクリエイティブディレクターだった。

用件は撮った写真を送って欲しいというものだったが、この軽さは日本ではまず考えられない。不快に感じることもあるとはいえ、こういう垣根の低さがここを離れられない理由の一つでもある。直接は関係ないが、これに関して面白い記事を見つけた。

ハーレム通信 : Yo, What's Up Man? の「Man」はどこから来たのだろうか?

参加者の中にはPesuという日本人アーティストもいた。作品は嫌いじゃないが、日の丸を掲げて登場したのは残念。愛国心は認めても、人種や国籍を強調するのは明らかに時代遅れ。こういう意識があるうちは、日本はいつまで経っても本来の先進国にはなれない。

- PESU ART -

予定があって途中で会場を出たが、翌日当のダニエルが優勝したことを知った。強敵のConcepを破ったのだから、相当嬉しかったに違いない。タイムリーなカストロをモチーフにしたことも、勝因に繋がったのだと思う。ちなみに最終ラウンドはそのConcepと、写真に後姿で写っているMcIlwaineの三つ巴だった。

Leif McIlwaine Maui Fever MTV

例によってスライドショーを作ってみた。映像と音楽が同期しないようなら、キャッシュを読み込んだ後に巻き戻すと動作するはず。画質は悪くなるが、念のためYouTubeにもアップしてある。写真をじっくり見たい人は、Flickrのページを参照。

Play Slideshow: The Art Battles 022208

Click photo above to watch slideshow. Once loading whole cache, rewind and play. (in case no sync between movie and music)
If you don't care about quality, choose Youtube below.
Also 87 photos available on Flickr.

YouTube - The Art Battles In New York
The Art Battles - a photoset on Flickr




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