Hero
名は体を表す
平等なものは何かと問われたら、真っ先に死と答える。象徴的な表現に聞こえるかも知れないが、誰にでも例外なく訪れるという意味では真理。平等にして冷徹。それが死であり、時が経つということだと思う。
野茂英雄 引退の報に触れて 鉄矢多美子「Field of Dreams」
レールを踏み外して生きてきた自分にとって、野茂はヒーロー。本人の気持ちを考えると残念だが、今回の引退でその思いはいっそう強固になった。大事なのは結果ではなく姿勢。たとえ成功しても、社会が成熟しなければ意味がない。
ほとんどの人が自分のことで精一杯だとしても、こんな人がいないと世の中は変わっていかない。名は体を表すというが、彼こそ日本の誇り。正真正銘のヒーローだろう。以下は印象に残ったコメント。
野茂メジャーからアマチュアまで架け橋
「僕は高校で野球をやり、まだ続けたいと思った時に、たまたま社会人野球に入れたからよかった。もし、受け皿がなかったら、野球をやめていたかもしれない」
「打たれることは恥ずかしいことではない。逃げることは恥ずかしいこと」
野茂引退「悔い残る」苦渋の決断
「リタイヤすることにした。自分の中ではまだまだやりたい気持ちが強いが、自分の気持ちだけで中途半端にしていても周りに迷惑をかけるだけだと思った」
「引退する時に悔いのない野球人生だったという人もいるが、僕の場合は悔いが残る」
「いつまでも投げていたい。草野球の投手でもいいんです」
野茂ノーヒッター2度あの時はこう語った
「僕は、花があるうちにやめるんじゃなく、落ちぶれてボロボロになっても投げ続けようと決めました」
「金額よりやることに意義がある。チャリティーには何らかの形で貢献したい」
「メジャーは見に来なければ分からない。選手ならばやってみなければ分からない。
日本からもっと選手が来て、大リーグでプレーすることが当たり前のようになればいい」
ほんの少しでも世の中がよくなったら、あなたは喜びを感じないだろうか。
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野茂英雄|公式ウェブサイト - BALLPLAYERS.JP -
4 comments:
ちなみに「村田英雄」由来だそうです。
ちょっと。。。
hiyomeki
はじめまして。
確かに「名は体を表す」。
野茂さんは、語ることを必要としないヒーローですね。辛口MLBブロガーの誰もが、野茂さんのことは尊敬しているのが、自分にとってもうれしい事実です。
皆、登板したときの、息をするのも忘れるような、怖くて見ていられないのに目が離せない、あの緊張と興奮を共有しているのですね。こういう体験こそ、二度とないと断言できます。
名は体を表す…で「日本人の名前見本」になるような方のことも暗喩しているのかと思いました。あの方は表記を変えることで出世しましたが、やはり一生、ギミックとつきあわざるを得ないようです。
>樹里亜さん
僕の知っている村田英雄は、
タケシのネタの延長線上にあります。
以前の彼を知る世代からすると、
見え方も違うのかも知れません。
いずれにしても情報ありがとうございます。
>知子さん
初めまして。
長い歴史を振り返ってみても、
言葉が一人歩きすることは少ないです。
もちろん先入観はあると思いますが、
全ては生き様があってこそ。
パイオニアとしての彼より、
信念を貫いたところが素晴らしいです。
>暗喩
これには気づきませんでした。
確かにヒーロー像共々好対照です。
>ギミック
むしろそれに惑わされる受け手が問題ですね。
仮に野茂が成功していなかったら、
今のような評価もないでしょう。
一生付き合わざるを得ないのは、
日本人全体という気がします。
>ひよめき
この言葉初めて知りました。
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