Monday, February 26, 2007

Knockoff

OSCAR.com - 79th Annual Academy Awards
【第79回アカデミー賞】「第79回アカデミー賞」特集

昨日は柄にもなくアカデミー賞を見てしまった。無冠の帝王マーティン・スコセッシやフォレスト・ウィッテカーなどそれなりに見どころはあったのだが、個人的にはそれ以外の2人の印象が強い。1人目は外国語映画賞でプレゼンターを務めた渡辺謙。

ファンには悪いが、率直に言って見るに耐えなかった。終始薄気味悪い笑顔を浮かべ、余裕のあるフリをしているのが手に取るように分かってしまったからだ。

プレゼンターというのはある程度段取りが決まっていることもあって、形式的な要素が強い。逆に言えば自身のパーソナリティーにこそ存在価値はある。あれでは認知されたと勘違いしている滑稽な役者にしか見えず、パーソナリティも何もあったものではない。

大舞台での英語によるスピーチや隣にカトリーヌ・ドヌーヴと同情の余地はあるにしても、見ているこちらが恥ずかしくなるほどの不自然さがあったのは事実。目で演技するという言葉があるように、取り繕わず自分自身を演じればもっとマシに見えたはずだ。もっともその自分自身を演じていたとしたら、それこそ身も蓋もないのだが。

外国語映画賞のプレゼンターで、謙さん登場!

メジャーリーグの記事よろしく、活字になるとやはりこうなる。紳士的にエスコートは許せても、緊張しきりで流暢とは言えない英語(もちろん丸暗記)だっただけに脚色もいいところ。

音楽にしてもそうだが、海を越えた途端美化されるのはいつものことながら理解に苦しむ。一度でも海外でライブをやれば、それがレコード会社が無理やりねじ込んだプロモーションであっても見出しは世界進出。さらに絶大なる評価、凱旋帰国というおまけまで付く。

こんな言葉に一喜一憂するから美化するとも言えるわけで、そういう意味では卵が先か鶏が先かという話だ。いずれにしても双方がレベルアップしない限り、日本の文化はいつまで経ってもドメスティックのまま。騒げば騒ぐほど醜態をさらすだけである。

エンニオ・モリコーネ、オスカーなんていらない?

2人目は今回ようやく名誉賞という形で栄誉に輝いたエンニオ・モリコーネ。この人物にはちょっとした思い出がある。限られた耐性と多くの先入観に支配されていた若い頃、そこをこじ開けて入って来たのがこのエンニオ・モリコーネだった。

深夜に放送されたマカロニウエスタンのサウンドトラックがなぜか気になり、本編終了後のクレジットを食い入るように見ていたのを今でもはっきりと覚えている。

受賞時のスピーチは全てイタリア語で、神経質そうな人柄が印象的だった。驚いたのは、通訳していたのがプレゼンターのクリント・イーストウッドだったこと。今思えばあれは仕込みの可能性が高い。ただの木こりではないだけに、すっかり騙されてしまったようだ。

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